子供の頃、「山」といえば祖母の家をさしていた。
「お盆は、山へお昼前に着くように行く」というのが実家の恒例のお盆行事だった。
里山にある祖母の家は山のすぐふもとにあって、水は山から流れてくる湧き水を使い、お風呂は五右衛門風呂
煮炊きはかまどを使い、冷蔵庫代わりに川に野菜を冷やすというまるで昔話に出てくるような生活をしていた。
私たち一家は泊りがけで行くことが多く、もてなす方は大変だったろうと今になってみると思う。
庭先にはご多分に漏れず鶏が飼ってあって、夕方絞めた鶏は、私たちの晩御飯のごちそうになっていた。
おかずは山菜や畑でとれた野菜が中心で、すべてお醤油で味付けされた地味なものだったが
それでも祖母が作ったご飯はとても美味しく、窯で焚かれたおこげのついたつやつやのご飯は
いつもお替りしていたと思う。
そんな楽しい思い出だったけど、祖母と同居していた私と同じ年のいとこは
ごちそうが無いことを恥ずかしく思っていたらしい。
あるお盆の日、突然豪華な鯉こく料理が配達されてきた。
お隣の家にある電話を借りて、いつの間にか注文していた。
彼はまだ小学生だった。
一瞬みんな戸惑ったが、子供だった私はとても嬉しくて目を輝かせた。
「わ~っ!!」と歓喜の声を上げたかもしれない。
支払いはどうなるのが子供心にも気になったが、そのあと叔父が
なけなしのお金を支払っていた記憶がある。
そんな祖母も、叔父もすでに亡くなって、いまでは「山」に行くことも無くなった。
鯉こくを見るとそんな昔がよみがえって、ちょっと切なく思うときがある。
今だったら祖母や叔父にこんな鯉こくを食べさせてあげられるのに・・と
そんなことを思いながら今年もやってきた記念日に、
忘れていた遠い昔の出来事を思い出しながら、ゆっくりと箸を動かし鯉料理をかみしめた。
キーマ
結婚記念日よりもなぜかしら重きを置く,退職記念日の日。
橋を渡った向こうが受付。
瀟洒な建物のあちこちに離れがある鯉料理の店、龍泉荘。
日が暮れてきて、山間にヒグラシが鳴く声が聞こえてきた。
ビールを頼んで、まずは鯉のユッケとおおつまみの野菜の焚き合わせで
静かに記念日をお祝いしようっと・・・。
--桃林
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